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2019年3月、日本初の乳児用液体ミルク発売されました。

江崎グリコ ベビー・育児マーケティング部には、月刊誌「日経WOMAN」ウーマン・オブ・ザ・イヤー2020に選出された女性がいます。乳児用液体ミルク『アイクレオ』のブランドマネージャー水越 由利子さん。現在40代でカワイイ子を持つお母さんでもあります。ご自身の子育ての経験から「この商品は、日本に絶対必要」という強い信念のもと、当時、日本には適用する法制度もなかったにもかかわらず、行政に法の制定を投げかけるところから始めるという、異例の商品開発を成し遂げ、ついには日本初発売を実現したマーケターです。母乳が最良の栄養であることはもちろんですが、乳児用液体ミルク『アイクレオ〜赤ちゃんミルク〜』は、常温で6ヶ月の保存が可能で、粉ミルクを溶かしたりお湯を沸かしたりという手間は一切必要なく、開封して哺乳瓶に移し替えるだけで赤ちゃんに与えることができ、その簡単さから、お父さんもおじいちゃんも、おばあちゃんもが授乳する機会が得られる可能性を秘めているのです。子育てママの負担軽減へのダイレクトなソリューションを、商品を通して実現したマーケターがどのようにしてキャリアを重ねたのかを追ってみましょう。

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「赤ちゃんに粉ミルクをあげるのが、そんなに大変なのか?と思った方は、まだ経験のない人かもしれませんね。子供のために起きているのが精一杯の深夜2時に、粉ミルクをこぼしたり、熱いお湯で危ない思いをしたことのある人は、この商品の良さを相当、実感してくれるはずです」と、ご自身の経験から開発の経緯を語る水越さん。就職する時に、江崎グリコを選んだきっかけは、学生時代の家庭教師のバイトの経験。なかなか勉強してくれない子供も、お菓子のためには頑張るという姿を見て、お菓子ってすごいなと思ったそう。入社後、配属されたのは希望していた営業ではなく、商品開発(現マーケティング部)だった。本人が気づいてない適性を認められてのことだったという。

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「本当にフツーのフツー学生だったので、周りのレベルが高くて、ついていくのに必死だったし、怒られまくっていた」とのこと。今とは違う90年代。まだ経験の浅い社員に商品開発部の仕事は、楽しむ余裕は一切ないほど厳しいものだった。そんな中で彼女が活路を見出したのは「学ぶ」という選択肢、神戸大学MBAに入学。仕事をしながらだったので、生活が全部、業務と学びに費やされたという。しかし、その努力は少しずつ、着実に彼女に実力をつけていった。自分よりもレベルの高い人が多い職場環境が彼女に努力を促し、学生時代には考えもしなかったMBAの取得。結果、入社4年目ごろにはマーケティングの仕事が面白いと言えるほどに成長した。そして、順調に3年ほど過ぎた時に転機が訪れる。MBAに通っていた時に出会ったご主人と結婚することになった。この時、会社が動いてくれた。大阪本社勤務だったので、仕事を続けるためには別居婚だなと承知していたが、上司はじめ周りの方々が配慮し、彼女は東京オフィスに転勤となる。実は自分では、せっかく仕事が楽しくなって来ていたので、転勤は求めていなかったのだが、周りが対応してくれたことに感謝して彼女は転勤を受け入れる。それから程なくして出産。一児の母となり、自分にとって一番大切なのはご主人と子供と自分からなる「家族」であると自認するようになる。短めではあるが、ちゃんと育児休暇を取得しての子育てが始まる。

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「子育ては、本当に大変。男性は、子供が夜泣きしても起きないのだけど、女性は出産後、体質が変化していて、子供が泣くと起きるようになっていると聞いたことがありますが、私もまさにそうでした。子供はとってもかわいいし、愛おしいのですが、子育ての苦労が続きすぎると、段々かわいいと思えなくなってしまう。そして、そんな自分にどんどん自己嫌悪が進む。良くないサイクルが生まれる」と当時の大変さを振り返り、同じ思いをする女性を減らしたいと語る水越さん。当時は、こんな大変なことを本当に全ての母親がやっているのか!?と驚いたという。その想いは「アイクレオ」の開発に今も役立っている。そして職場復帰の1年後、東日本大震災が起きた。まだ1歳の子供を抱えて過ごす余震の続く夜は、本当に怖かった。散々怖い思いをし4時間歩いて、ようやく自宅近くの保育園に辿り着き号泣しながら娘を抱きしめた後、自宅に帰ると、家はメチャクチャ。食器棚や冷蔵庫などが倒れたせいでキッチンに入れなくなり、備蓄もできていなかったので食材もなく、間もなく、食料確保のために外に出なければならなかった。勇気を出しての行動だったが、ぞっとするほど大変な経験だった。夜通し幼い子と2人でビクビクしていた。ご主人とは翌朝やっと会えた。その後、多くの人がそうであったように、震災を機に彼女は自分の人生を振り返る。そういえば、元々、入社した時は父親の働く姿が楽しそうで自分も社会人になったら、営業をしようと考えていたのを思い出して、営業への異動希望を会社へ伝えた。会社側がその思いをどう受け止めたのか分からないが、配属はすぐに決まった。しかも営業の最前線、最大手の某コンビニ(フランチャイズチェーン)を担当することになる。普通はトップセールスが担当するような担当先である。

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営業とマーケティング。同じ会社の仕事であっても、その内容は、言語が違う国で話をしているように違った。ルールも価値観も。何一つ、理解出来なかった。結局、彼女は2年間、努力をしたもののマーケティング部に戻ることになる。その2年間は、たくさん、お客様からお叱り受けた。上司ではなく、お客様にである。「まるで入社当時のようだ…」と思いながら、体重を10kgも減らしながら、一生懸命あがくも、まるで通用しなかった。企業人人生で唯一、ご主人に「頼むから仕事やめて」と言われた時期だった。しかし、マーケティング部に戻ったあと、この期間が自分をとても鍛えていたことに気づかされる。「もう一回やれと言われたら絶対いやですけど、もう一段階成長するために必要なことだったのかもしれません」と彼女は言います。先輩・同僚から「人が変わった。別人のようだ」と言われた。仕事をすると、自分の過去のやり方が抱えた問題点が見えてくるようになった。気づかないうちに、視点が変わった。視野が広くなっていたのだ。そしてまた、転機は突然訪れる。ご主人の海外勤務で1年間、トロントに移住することになる。彼女は当初「仕事は辞めたくないけど、一番大切なのは家族だし」と、一旦辞めて、再雇用してもらうつもりでいたが、ふと自分を東京オフィスへ送り出してくれた本社の上司の方々を思い出して、相談してみることにした。そうすると、また会社は動いてくれた。人事部などが急ぎ、新制度「配偶者の海外勤務に伴う休職」を制定してくれた。そのおかげで会社を辞めずに1年間、安心して海外で暮らすことが出来た。1年の海外生活から復帰すると、乳製品のマーケティング部へと異動になった矢先、熊本大震災が起こる。自分が味わった震災の恐怖が想起される。と同時に、あの現場にも子育て中の母親たちはいるということに想いが向かい、調べてみると、やはり授乳の困難な状況がそこにはあり、海外からの支援物資として乳児用液体ミルクの存在があったことも知った。その海外からの有用なミルクが輸入品であることや、注意書きが読めないことを理由に敬遠されたことも知った。もっと調べてみると、子育てに先進的な北欧の国々では、乳児用のミルクが液体であることは必然のように語られていた。この事実は、子育てに苦労しながら仕事を頑張ってきた彼女に、1つの決意を抱かせる。「これは子育てをしやすくできる。これからの社会に絶対、必要なものだ」。

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上司などの社内はもとより、今回は「行政」をも説得しなけばならなかった。営利ではなく、公益を訴えなければならかかった。子育て中の母親にどれだけの支援になるか、また父親・祖父祖母の子育て参画に寄与できるかを何度も説いて回った。今思えば、江崎グリコでなくては、こうは進まなかったと彼女は言います。「もともと国民の体位向上をコンセプトに始まった会社なので、その本質とは合致したようです」普段から、別段押しの強い人ではないが、今回は誰が何を言おうと私が正しいという姿勢で挑み続けた。なぜなら自分の人生の経験において、この商品のポテンシャルが身に沁みてわかっていたからだ。商品自体の開発は、小さく始めて、じっくりと育てる方法を取っていたが、迷いのない彼女の言動は社内でも目を引き、しばらくしてトップコミットメントを得る。元々、社員同士が仲の良い社風なので、全社的にやるとなったら、その団結力と勢いは強い。行政との調整の中、ついに、発売許可が下りる日程が見えてくる。その日に向けて、関係部署の皆さんが協力体制を取ってくれる。営業部門が即日販売する手筈を整え、また、広報部門やお得意先の皆さまも、まだ決定ではない発売に向けて、イベントがすぐ開催できるように根回しを行ってくれる。みんなが望む商品であることを知った。開発を手がけた仲間も頑張ってくれた。創業のコンセプトに近い商品だったので、求められるクオリティは余計に高く“赤ちゃん”というエンドユーザー層も、全員にこだわりを持たせていた。「商品開発研究所の永富さんが、徹夜明けにもかかわらず、工場で製品化されたすぐのものを届けてくださった時は、涙が止まりませんでした」。こうして各部署の協力の元、2019年3月5日(日本初の発売)、乳児用液体ミルク『アイクレオ〜赤ちゃんミルク〜』は発売され、現在は予想売上の3倍を凌ぐスピードで販売されている。

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「学生の皆さんへ」

いま思えば、目の前にある仕事をどうやってクリアしようかと、ひたすら考え続けてきたように思います。困ったことや難題に直面した時には、積極的に周りに相談してみるようにしています。自分では気づかない、私自身の可能性を周りが広げてくれるのでは!?と思っています。私は比較的、いろんなことに挑戦させていただいている方だと思いますが、辛い失敗も、自分が成長するための糧だと思えば、そう悪くはありません。失敗も成功も、成長し続けていくための通過点ということなのかなと捉えています。